成島悦雄さんコラム「こうしたい、これからの動物園」第2話『動物園人 佐藤哲也園長を偲ぶ』

第2話:動物園人 佐藤哲也園長を偲ぶ

2-1 3月6日、私の携帯電話が鳴りました

那須どうぶつ王国と神戸どうぶつ王国の両園の園長である佐藤哲也さんが亡くなったという、知人からの悲しい知らせでした。私が佐藤さんと初めて出会ったのは今から30年ほど前、彼が姫路セントラルパークの飼育課長をしていた頃に遡ります。

岐阜大とともに希少動物の飼育繁殖勉強会を主催されていて、たまたま私がその勉強会に参加して佐藤さんと知り合いました。

希少種の飼育繁殖にとても熱心な人だなというのがその時の印象です。その後、彼は姫路セントラルパークを退職し、動物の運搬や飼育指導を手がける会社を立ち上げたほか、那須どうぶつ王国、神戸どうぶつ王国の園長として大活躍しました。

2-2 地獄の仏さま

私は佐藤さんに足を向けて寝ることができません。今から20年ほど前のことです。当時、私は上野動物園の飼育課調整係長として動物の出し入れを担当していました。上野から横浜の動物園にアジアゾウを繁殖貸与することになっていましたが、ゾウの運搬を請け負った業者が移動前日に突然、動物園の地盤が弱いため運搬できないと仕事をキャンセルしてきたのです。

地盤が弱いことは前からわかっていたことです。
ゾウを受け入れるため様々な準備をしてきた横浜の動物園スタッフは大いに困惑したことと思います。横浜の園長から運搬できないことへの抗議電話を受けた私の上司である上野の園長からは、何とかするようにとの強い命令を受けました。
何とかするようにと言われても、ゾウの運搬を引き受けてくれる業者は簡単には見つかりません。その時、私の脳裏に佐藤さんの顔が浮かびました。

藁をもすがる気持ちで佐藤さんに電話して窮状を訴えたところ、翌日の作業であるにもかかわらず二つ返事で運搬を引き受けてくれたのです。地獄に仏さまがいたのです。

彼のおかげでゾウの運搬が滞りなくできたことは言うまでもありません。このエピソードからも、佐藤さんがとても頼りになる人であることがお分かりいただけると思います。

佐藤さんの訃報を伝える新聞

2-3 「野生動物の保全は動物園の使命である」

動物園人として佐藤さんは「野生動物の保全は動物園の使命である」ことを彼の生涯をかけて実践しました。20年以上前に希少動物繁殖の勉強会を立ち上げたことからも、彼の思いが一朝一夕に生まれたものではないことがわかります。

日本動物園水族館協会(以下日動水)で種の保全を担当する生物多様性委員会の委員長として、精子などの生殖細胞を凍結保存する冷凍動物園を複数の加盟施設に設置したほか、日動水版「飼育動物の適正施設ガイドライン」を設け、動物の健全な飼育や福祉向上を目指すなど、日本の動物園全体が発展するための努力を惜しみませんでした。

2-4 コロナ禍出であっても

2021年にはコロナ禍の休園で動物園経営が苦しい中、那須どうぶつ王国に日本初のニホンライチョウの野生復帰順化施設を完成させるなど、ライチョウの飼育繁殖と野生復帰にも熱心に取り組みました。そのバイタリティと実行力には驚くべきものがあります。

撮影:成島悦雄

2-5 私たち動物園人の責務

現在の動物園の大きな役割の一つに希少動物の保全があります。このことに早くから気づき、実践してきた佐藤さんの遺志を継ぐことは、残された私たち動物園人の責務です。

5月22日に那須どうぶつ王国で開かれた佐藤さんのお別れの会で、鳥の飛翔訓練をしている佐藤さんの姿の横に「我ら動物園人」と書かれたマウスパッドをいただきました。このマウスパッドを眺めていると、我ら動物園人たるもの責任をもって野生動物を飼育し、希少動物を生息地に戻すことに全力を尽くすようにという佐藤さんの声が聞こえてきます。

寄稿者profile

成島悦雄(なるしま えつお 1949年 -)

略歴
獣医師・東京都井の頭自然文化園の元園長。栃木県栃木市出身。

1972年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年、東京都庁に就職し上野動物園飼育課配属。以後、多摩動物公園、上野動物園の動物病院獣医師、多摩動物公園飼育展示課長等を経て2010年~2015年、井の頭自然文化園園長。2014年~2020年日本獣医生命科学大学客員教授、2016年~2022年、日本動物園水族館協会専務理事、現在、日本動物園水族館協会顧問。2013年からNHKラジオ子ども科学電話相談の動物部門回答者を務めている。

著書
・「動物園のかん者たち」(農文協)」
・「珍獣図鑑 」(ハッピーオウル社)
編著
・「大人のための動物園ガイド」(養賢堂)
・「動物園学入門」(朝倉書店)など