高田浩二さんコラム「博物館人として歩む動物園水族館の道程」第4話『デジタル技術と動物園水族館』

1.動物園水族館とデジタル技術の距離感

デジタル技術と聞くと、動物園水族館人はややアレルギー的な反応をされることがある。

なぜなら、現場で生きている本物の動物資料を扱っているという自負心からか、「デジタルはバーチャルであり、映像では動物の温かみや魅力は伝わらない」と思い込んでいるからだ。

スマホやタブレットPCの小さな画面では大きさや質感も分からず、またそれを見ただけで満足すると来園館の機会を奪ってしまうのではと、デジタル技術をネガティブに捉えている。確かにこの意識は、動物園水族館だけでなく他の館種においても、遡れば多少なりとも同じ傾向にはあっただろう。

しかし、時代は1995年のインターネット元年を境に私たちの暮らしはデジタル化が一気に加速した。それもあり、2009年博物館法改正では博物館資料の法解釈を、実物だけでなくデジタル(情報)資料も含まれると拡大し、加えて学芸員養成課程に博物館情報メディア論を導入した。

さらに同法の2022年の法改正では、博物館資料のデジタルアーカイブ化と博物館相互や地域連携のための活用も記述するなどし、社会教育施設としての情報化への法制度からの後ろ盾も整った(外堀が埋まった?)。

一方で、動物園水族館資料のデジタルアーカイブは十分でなく、またそれらを使った展示や教育普及を行おうとしても、要員、技術、環境、経験、予算、アイデアがないなど、ないない尽くしから始まる。

さらに前述のようにスタッフの意識も前向きではない。このため、動物園水族館のデジタル化、情報化は他館種に比べて極めて遅れているといえる。

2.アナログから続く“情報の力”と展示の進化

このコラムの第1回で述べたように、博物館(動物園水族館)には、専門的な資料の収集、保管、展示、教育、レクリエーション、調査研究などの役割がある。

多様な事象「博」の「物や事」が保管展示されている施設「館」が博物館であり名は体を表す。

国立民族学博物館の初代館長の梅棹忠夫は、「博物館はモノの情報を集めている」とし「博情館」と呼ぶべきと説いた。

筆者もその主張に共鳴する一人だ。

モノには背景や歴史、特徴等の情報(コト)が備わり、それも含めて収集、保管、展示し、園館内外の利用者へ発信交流することが博物館の責務だ。

よくよく遡って考えてみると、博物館が情報を重要視する考えは、今日のデジタル社会の到来に呼応したものではない。

私たちが過去から親しんできた、映画や写真、絵画、イラスト、演劇、パフォーマンスもかつては視聴覚教育で扱われ、アナログな時代から展示環境や機器機材の活用により人々の興味関心、知的好奇心を満足させてきた。

情報の素材がアナログからデジタルとなり、情報教育と名前を変えただけの話だけなのだ。

博物館の情報化は、資料の収集や調査研究時の映像をアーカイブ化して保管し、それらを編集して館内のシアターやモニターで放映しての展示解説、教育普及での活用に始まった。

その後、1990年前後にPCが一般に普及することで映像放映がプログラム制御され、1995年以降の情報通信技術やPCのOS技術革新の勃興で、一気に国際間でリアルタイムな情報共有の世界が訪れた。

3.博物館と学校教育をつなぐ情報化の歩み

インターネット元年以降の情報化は、特に博物館教育の機能においては、学校教育と社会教育の両輪での教育施策の中で広まり、以前からあった博学連携や学社融合の概念の中での学校教育への寄与だけでなく、一般にもインターネット環境を通じて広まるようになった。

その一つはホームページと呼ばれるPCのブラウザーソフトによる博物館情報の閲覧であった。

一方で、オンラインを使って園館の外への映像配信交流は、多くの方はコロナ禍と呼ばれる感染症が2019年末から中国で始まり、2020年初頭には世界中に拡散し人々の直接交流が大きく制限されたことによる情報交流のために始まったと思われている。

しかし実際は、それよりももっと早い1998年に有線の通信網であるISDN回線を使いNTTが文部省(当時)と推進したコネっとプランと呼ばれる学校向けのマルチメディア環境支援プロジェクトがスタートだ。

ここでは、全国の小学校から高校までの約1000校を対象にして、インターネット接続や技術サポートを提供、学校間交流と国内の博物館とも学校教育の相手先として十数館が名乗りを上げ、お互いに映像と音声でリアルタイムの交流学習をする「遠隔授業」が展開された。

中でも福岡市の海の中道海洋生態科学館は、2001年~2002年度に文部科学省支援事業として2年間に九州内の5つの科学系博物館(宮崎市フェニックス自然動物園を含む)が遠隔授業に取り組むための拠点博物館として活動し博物館の情報化に大きく寄与した。

やがては、2019年に文部科学省はGIGAスクール構想をスタートさせ、小中学校の子ども一人に1台のタブレットPCを配布した学習が始まった。

4.コロナ禍が加速させたオンライン活用と情報共有

コロナ禍がその直後であったため、オンライン教育がここから始まったと認識されていることは致し方ないが、期せずして学校教育と社会教育の情報化を推進してきたことが功を奏し、国難の時期の教育の質の担保、人々の情報共有と交流に寄与できたことは大きな意味があった。

オンライン学習では、実物だけでは見えない部分や理解できない部分を情報資料が補完し、実物資料の破損や劣化に対してだけでなく「誰でも、どこでも、瞬時に、繰り返し」という情報資料が教育へ果たせる有効な部分を前面に出すことにより、学校教育の情報化推進のタイミングに博物館側が常に傍らいて、お互いにオンライン学習の利点があるという認識が深まったと思われる。

情報の先には人(教員や児童生徒)と人(学芸員や園館職員)がいて、それを双方向につなぎお互いが深く理解と信頼でつながっていることが大きく、博物館へのよき理解者育成と、博物館資料への興味関心が深まる結果にもなる。

博物館によるオンラインは、一般の方々にも通信環境の向上とスマートフォンなどの端末、専用アプリケーションが広まることで、誰もが気軽に博物館のオンラインプログラムに参加できるようになり、館内のオンライン見学ツアーだけでなく、館の学習会やイベントのライブ配信、セミナーやシンポジウムなどへの会議参加も可能にした。

さらには学芸員がその専門性を活かしたフィールド調査や観察会など、博物館の外から全世界への生配信にまで発展している。

5.AIとともに進化する動物園水族館の未来

博物館(動物園水族館)の情報化、デジタル化を、オンライン交流にスポットを当てて紹介してきたが、もちろんデジタル環境や技術は、教育だけでなく調査研究、資料保管、展示、レクレーション、ファンづくりなど多様な活用シーンが広がっている。

これからはAIの到来もあって、近未来な動物園水族館の姿もみえることだろう。

社会教育側にあるすべての博物館で多様な連携協力と教育活動、情報発信・交流がなされるべきで、デジタル技術はこれからの動物園水族館を担っていくツールとなることは間違いない。

寄稿者profile

略歴

1953昭和28年 大分県生まれ
1976昭和51年 東海大学海洋学部水産学科卒業
1976昭和51年 大分生態水族館(マリーンパレス)入社
1988昭和63年 海の中道海洋生態科学館(マリンワールド海の中道)入社
2002平成14年 福岡大学非常勤講師
2004平成16年 国立民族学博物館客員教授
2004平成16年 海の中道海洋生態科学館館長
2005平成17年 博士(学術)東海大学海洋教育における水族館の役割に関する研究
2007平成19年 文部科学省学芸員の養成に関するワーキンググループ委員
2015平成27年 福山大学生命工学部教授
2019平成31年 海と博物館研究所設立同所長
2019平成31年 文化庁博物館部会委員
2021令和3年 福岡ECO動物海洋専門学校非常勤講師
2024令和6年 船の科学館特任学芸員

著書(共編・共著含む)