高田浩二さんコラム「博物館人として歩む動物園水族館の道程」第2話『なぜ動物園水族館が動物取扱業なのか』

1.動物愛護法と動物園水族館の深い関係

「動物の愛護及び管理に関する法律」(一般略称:動物愛護法もしくは動愛法)は、1973年に議員立法で制定されて旧総理府の管轄となり、その後2001年の中央省庁再編により環境省に運用が移管された。

動物の愛護と動物の適切な管理を目的とし、対象動物は、家庭動物、展示動物、産業動物(畜産動物)、実験動物等の人の飼養に係る動物(哺乳類、爬虫類、鳥類)とされている。

つまり、当該動物の飼育と展示を生業にしている私ども動物園水族館には大いに関係が深い法律である。

2.“犬猫法”と呼ばれた背景と規制の拡大

一方で、同法が制定された時代背景には、イヌやネコなどの愛玩動物が劣悪な環境下での飼育や虐待が社会問題化されたことから、当初の規制対象動物は最も飼育数の多いイヌやネコを中心として、ペットショップや一般家庭での愛護と適正飼育への規制指導に充てられていたと思われ、法文中の記述や規制、制度はその種が大半であった。

このため当初、動愛法は「犬猫法」とも揶揄され、行政の動物管理事務所も過分にこれらの動物の適正飼育の指導にあたっていた。

ところがその後、トラやライオン、ワニやヘビといった大型の肉食動物が一般でも飼育されるようになり、十分な施設や経験、技術がないまま放置され、脱出による人的被害が出るなど事故が度重なったことから、2005年に「特定動物」の飼育が許可制になり、動物園水族館ではこれらの動物の個体にマイクロチップを埋め込むなどの識別措置が義務付けられるなど、我々業界にも当該動物の適正な管理のための規制が厳しくなってきた。

3.動物取扱業制度の導入と背景

そして今回の本題である「動物取扱業」の制度が、2006年からスタートした。

この制度が導入された経緯などを見ると、①動物取扱業全般的な底上げ、②施設をもたない動物取扱業の適正化、③生活環境の保全上の支障の防止、④人的体制(動物取扱責任者)の充実、が記述されている。

実はこの頃に、無店舗のインターネット上でペットが売買され、深夜まで繁華街で営まれるペットショップ、無秩序なブリーダーによる繁殖などが横行し始めており、この「動物取扱業」の導入はそれらをターゲットにしたことが類推できる。

4.動物園水族館と他の動物取扱業者との違い

ところが、動物取扱業の一覧には例えば「展示」の業の中に、動物園水族館に加え、動物ふれあいテーマパーク、移動動物園、動物サーカス、乗馬施設、アニマルセラピー業者と書かれ、確実に規制の対象事業者はペットショップから拡大している。

一方で、動物展示を生業にしている業種ごとの区分や定義はなかなか難しく、動物園水族館だけを規制の対象外にすることは難しいのかもしれない。

しかし、この連載の1で「博物館としての動物園水族館」で触れたように、私どもは法的に立派な博物館の一種なのである。

また、日本動物園水族館協会(以降、日動水協)の園館は、加盟に際して事業実態の様々な審査も受けており、獣医師、飼育技師、園館によっては学芸員も配置され、調査研究、教育普及、自然保護、動物福祉、種の保存などの公共、公益的な活動を展開し、また各種学会や研究会などにも加盟しての研究や論文執筆も多いなど、動物の展示業としての事業実態や目的が他の事業者と明らかに異なっている。

さらに言えば、環境省に届け出をしている展示事業者の中で、日動水協の加盟園館の割合は全体の1%にも満たない。

わずかな数の動物園水族館にまで法的網をかける意味や意義はどこにあるのだろう。

5.動物取扱業におけるラベリング義務の問題点

となれば、日動水協の加盟園館が「動物取扱業」に指定されることのデメリットも語る必要もある。

細かな点であるかもしれないが、私どもは許可を得た生業(展示、販売、保管、貸し出し、訓練)ごとに氏名、名称、所在地、登録番号、登録年月日、有効期間、責任者氏名をあらゆる広告物に掲載する義務を負う。

例えば、ポスター、チラシ、SNS、HPなど全てにである。

これらは手続きの煩雑さだけの問題のように見えるが、私はこのラベリング行為が、博物館としての動物園水族館に対する屈辱的な扱われ方に見え、動物園水族館の社会評価を下げるものになっているのではと危惧している。

前述のように、動物園水族館のもつ公益性や運営体制から鑑みても未だに納得がいかない。

6.博物館法と動物取扱業の制度の関係

実は第1回目のコラムで述べた博物館法は、2009年に法改正されているが、この改正作業の委員会の座長に、日動水協の会長や日本博物館協会の会長を歴任した中川志郎氏が座長を務め、2006年から文部科学省の下で作業を進めていた。

つまり、動物取扱業の制度の始まりとタイミングが重なるのである。

当然、改正される博物館法では、動物園水族館も一層の博物館機能を高めるべく中川志郎は鋭意、取り組んでいた最中であった。

7.日動水協の活動と環境省との関係構築

このような処遇を受けてでさえ、日動水協は2012年以降から、国立動物園の設置や動物園法の制定を求めてロビー活動を動物園水族館業界だけでなく、一般社会、さらに環境省に向けて展開も始めていた。

それらは少しずつ環境省の文脈の中で動物園水族館が語られるように配慮されてきたのか、日動水協は2014年に「生物多様性保全の推進に関する基本協定」の締結にこぎつけ、2017年の種の保存法改正の中で、「希少種保全動植物園等制度」が導入された。

しかし、残念ながら動物園法の制定には未だに至っていない。

8.博物館法の枠内での意義づけと展望

第1回目のコラムの博物館法を蒸し返すようだが、私は動物園水族館については博物館法の中で存在意義を展開すればよいと考えている。

動物愛護や種の保存についても、博物館法の「資料の管理(育成を含む)」の法解釈で十分だろう。

さて、動物取扱業とは全く異なる制度のように見えるが、「古物営業法」という制度が1949年から制定されている。

本法は、盗品等の売買の防止、速やかな発見等を図るため、古物営業(質店やフリマなど)に係る業務について定められた規制である。

実は過去に美術品や考古資料などを扱う博物館が本法の規制の対象に含めるべきとの議論が起きていた。

当然それらの博物館施設や監督省庁(文部省:当時)は、博物館の公共性、公益性、学芸員などの専門職の存在などを元に対峙し、規制の対象から外れたという経緯がある。

動物取扱業も古物営業法も犯罪抑止を目的とした法律であるが、動物園水族館と博物館の間に何かの違いがあってこの様な処遇の差が生まれたのか、はたまた動物園水族館のロビー活動に不足があったかの原因は定かでない。

法律の性質上、規制法の色合いが強い動物取扱業の制度から解放されるのはかなり難しいことは理解している。

よくよく見ると、前述の「動物園法」も環境省の下では規正法として組まれることが示唆されている。

私は、新たな法規制の網の中に入るよりは、既に振興法的な博物館法の中にいる動物園水族館が一層に博物館活動を展開することで、やがては動物取扱業から脱却する日が来ることを待ち望んでいる。

寄稿者profile

略歴

1953昭和28年 大分県生まれ
1976昭和51年 東海大学海洋学部水産学科卒業
1976昭和51年 大分生態水族館(マリーンパレス)入社
1988昭和63年 海の中道海洋生態科学館(マリンワールド海の中道)入社
2002平成14年 福岡大学非常勤講師
2004平成16年 国立民族学博物館客員教授
2004平成16年 海の中道海洋生態科学館館長
2005平成17年 博士(学術)東海大学海洋教育における水族館の役割に関する研究
2007平成19年 文部科学省学芸員の養成に関するワーキンググループ委員
2015平成27年 福山大学生命工学部教授
2019平成31年 海と博物館研究所設立同所長
2019平成31年 文化庁博物館部会委員
2021令和3年 福岡ECO動物海洋専門学校非常勤講師
2024令和6年 船の科学館特任学芸員

著書(共編・共著含む)