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当時経営難にあった旭山動物園を数々のアイデアで成功に導いた元園長・小菅正夫さんによる全4回のコラム連載です。小菅さんは今回の連載を通じて、このように伝えています。
日本の動物園が、従来の娯楽施設としての動物園から脱却し
野生動物のためにも役に立つ動物園へ向かって舵を切るよう働きかけていきたい
日本と世界では動物園の成り立ちや目的が少し異なり、近年その差はどんどん広がっているそうです。人と動物の双方にとって「良い動物園」とは何なのか、小菅さんのコラムから考えてみませんか(今回は全4回のうちの第3話)。
第3話 日本には動物園の定義がない?!
3-1 動物園を規定する法律がない問題
日本にはこれだけ多くの動物園があり、約8割は公立だというのに、動物園に関する法律が未だに存在しないのです。「動物園は生きた動物を扱う博物館」であると動物園の職員は思っていますが、博物館法そのものには動物園の規定がないのです。唯一、動物園が博物館であることを示すものとしては、博物館法第二条があります。
「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示・・・
博物館法第二条より
上記のように定義されているのですが、その(育成を含む)とあることから、これは生きた動物であると捉えられ、動物園も博物館である根拠にされているのです。
1952年に博物館法が制定される際、東京都恩賜上野動物園の初代園長・古賀忠道氏は、動物園を博物館施設として取り扱ってくれるよう、各方面に要請して回ったのですが、ついに叶わず、登録ではなく“相当施設” という、言ってみれば“博物館みたいな施設”という枠を作られ、そこへ当時の主な動物園が置かれるようになったのです。
ところが、次の世代になると、その相当施設への登録もできなくなってしまいました。博物館法の第19条に「公立博物館は、地方公共団体の教育委員会の所管に属する」という所管条項があったからです。筆者のいた旭川市旭山動物園は市長部局にあったため、この所管条項によって“博物館みたいな施設”にもなれなかったのです。つまり、公立動物園の多くが法的根拠もなく自治体によって設置され、運営され続けているわけです。
右図は、日動水協加盟公立動物園のうち博物館相当施設に登録されている動物園の2023年時点での数です。
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※令和4年の博物館法改正(第19条 公立博物館は、地方公共団体の教育委員会(又は地方公共団体の長)の所管に属する。)によって、教育委員会所管ではなくても、登録博物館の申請が可能となりました。旭山動物園は、直ちに申請して2024年2月29日付で登録博物館となりました。 現時点では、日動水加盟動物園で登録博物館は、大町山岳博物館と旭山動物園のみです。
3-2 外国では動物園は厳しい規定
一方諸外国を見ると、イギリスには動物園免許法があり、EUには各国が守るべき動物園指令、アメリカ動物園協会の示す認定動物園の基準、など動物園の設置を厳しく規制する傾向が強まってきています。最近では韓国において、2016年5月「動物園および水族館の管理に関する法律」が議決されました。この法律は、改正が頻繁に行われるように設計されていて、2023年12月に改正されたばかりです。
その内容は素晴らしく、動物園の定義を「保全繁殖、調査研究、展示教育を通して野生生物の情報提供をする施設」としています。また、第8条には設置を許可制としており、すでに登録されている動物園は、2028年12月までに基準を満たし、許可を受けなければならない、と現状のままの動物園の存在を認めない姿勢を示しています。第12条には検査官による現場調査についても記されていて、第19条では、獣医師や飼育士への研修を義務付け、第23条では、国による是正命令処置ができるようになっていて、第24条で拠点動物園を指定することとしているのです。このようにかなり厳しい法律となっていて、韓国の動物園界の今後が楽しみです。私たちは、日本でも、動物園法の制定を急ぐべきだと強く訴えていきたいと思います。
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エバーランド動物園のシロサイ施設(2016松本総一氏撮影)
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エバーランド動物園のアムールトラ施設(2022松本総一氏撮影)
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ソウル動物園のアジアゾウ施設(2022松本総一氏撮影)
3-3 日本の動物園にも4つの使命
JAZA(公益社団法人 日本動物園水族館協会)のホームページには4つの使命が次のように載っています。
1.種の保存:野生動物が絶滅してしまわないように守っていきます。
2.教育・環境教育:図鑑や映像では得られない、本物の命を感じることで、生き物を大切に考え、それを生息地の環境を守ることに結び付けていこうとしています。
3.調査・研究:動物たちの自然界での生き方を知り、動物園での暮らしをより快適なものとしなければなりません。また、これは昔から動物園で行われてきており、その蓄積が動物園の大きな財産となっています。
4.レクリエーション:動物園は楽しいところです。楽しさの中で「命の大切さ」や「生きることの美しさ」を感じ取ってもらいます。
https://www.jaza.jp/about-jaza/four-objectivesより
この4つの使命は、筆者が旭山動物園に入った51年前に学んだものと同じです。筆者に関して言えば、種の保存については、動物園での繁殖ばかりで、教育も本物を使っての生命教育が中心、生息地の環境については書籍から得た内容だけを伝えていました。調査・研究に至っては、鳥類の染色体のような実験室的な研究ばかりで、生息地調査にまで足が伸びず、せいぜい休みの日に北海道内での動物観察くらいしかできませんでした。退職してから念願であったゾウやゴリラ、チンパンジーの生息地を訪れ、彼らの暮らしを直接見ることができ、これまでの飼育法が多くの動物で間違えていたことを実感しました。もっと早くに“調査・研究”しておけば、筆者の動物園づくりにどれだけ役立ったか、反省することばかりです。
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スマトラゾウの群れ:スマトラ島ワイカンバス国立公園にて(2010.04撮影二人目が筆者)
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ヒガシローランドゴリラの群れ、シルバーバックと子:コンゴ、カフジ-ビエガ国立公園(2015.08筆者撮影)
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特に「4.レクリエーション」ですが、これは動物園のお客さんの表情をみていていつも感じていました。どなたも笑顔なのです。筆者自身、物心がつく頃から、動物が好きで、いつも動物と一緒にいて、近くの円山動物園には頻繁に行っていました。あるとき、自分はなぜ動物が好きなのだろう?と考えるようになり、なかなか答えが見つかりませんでした。その答えをくれたのが、ノーベル賞学者の「コンラート・ローレンツ」でした。彼の著書「ソロモンの指輪」にあった文章です。「動物を飼育したいという欲望は、太古から人間の心に潜む気持である。文化を持つようになった人間が、自然という失った楽園に対して抱く憧れなのである」と書かれていました。衝撃を受けました。これで、筆者の疑問は一気に解消したのです。だから、現代にこそ動物園は必要なのだと確信しました。
次回は、世界で徐々に消えつつある「レクリエーションとしての動物園」についてお話したいと思います。
寄稿者profile
小菅正夫(こすげ まさお、1948年-)
略歴
1948年 札幌市生まれ
1973年3月 北海道大学獣医学部獣医学科卒業
1973年4月 旭川市旭山動物園 獣医師
1986年4月 旭川市旭山動物園 飼育係長
1991年4月 旭川市旭山動物園 副園長
1995年4月 旭川市旭山動物園 園長
2009年4月 旭川市旭山動物園 名誉園長
2010年3月 旭川市 退職
2010年7月 中央環境審議会委員
2010年8月 北海道大学客員教授
2015年10月 札幌市環境局参与(円山動物園担当)
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公職
(社)日本動物園水族館協会会友
環境省希少野生動植物保存推進員
地球いきもの応援団
著書
・ゴリラは戦わない(中央公論新社)
・もしもあの動物と暮らしたら!?(新星出版社)
・動物が教えてくれた人生で大切なこと(河出書房)
・僕が旭山動物園で出会った動物たちの子育て(静山社)
・いのちのいれもの(サンマーク出版)
・あさひやま動物記① ②(角川つばさ文庫)
・15歳の寺子屋 ペンギンの教え(講談社)
・旭山動物園革命(角川書店)
・戦う動物園(中公新書)
・生きる意味って何だろう(角川書店)
・親が子どもに伝えたい『環境』の授業(角川書店)
・オオカミの森 旭山動物園物語(角川書店)
・動物園は雪のなか(農文協)