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当時経営難にあった旭山動物園を数々のアイデアで成功に導いた元園長・小菅正夫さんによる全4回のコラム連載です。小菅さんは今回の連載を通じて、このように伝えています。
日本の動物園が、従来の娯楽施設としての動物園から脱却し
野生動物のためにも役に立つ動物園へ向かって舵を切るよう働きかけていきたい
日本と世界では動物園の成り立ちや目的が少し異なり、近年その差はどんどん広がっているそうです。人と動物の双方にとって「良い動物園」とは何なのか、小菅さんのコラムから考えてみませんか(今回は全4回のうちの第4話)。
目次
第4話 『人も動物も動物園で幸せに』
4-1 世界標準は「動物の福祉と保全」
今、世界中の動物園は確実に変わっています。もっとも顕著なのは、動物園の社会的使命の中でレクリエーションの部分が少なくなる傾向にあります。
世界動物園水族館協会(以下WAZA)は、「動物のケアと福祉、環境教育、地球規模の保全において、世界中の動物園、水族館、および志を同じくする団体を指導し奨励し支援する」ことを目標としています。
4-1-1 例1)世界から見た日本のイルカ漁
WAZAとは、2015年イルカ問題で、JAZA(公益社団法人 日本動物園水族館協会)に対しWAZAからの脱会を勧告した団体です。このとき日本では、“追い込み漁が残酷なので止めろ”とWAZAが主張していると捉える人も多く、WAZAが日本の食文化を否定しているとの報道も見られました。それはWAZAの真意ではありません。我々は当然ながら、動物園で飼育する動物は、基本的には動物園で生まれた個体でまかなうことを強く意識しています。この当時、筆者も日本の一部の水族館がイルカの繁殖を目指さないことに違和感を覚えていました。「いなくなったら、野生から連れてくれば良い」と考えているとすれば、とんでもない話です。
動物園が動物の消費地になってしまっては、その存在理由が根底から崩れてしまいます。
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4-1-2 例2)ゾウの繁殖その挑戦
同じ問題がゾウにもありました。戦後まもなく動物園ブームが起きた時、動物園の象徴としてゾウの展示が目玉とされましたが、ゾウのオスは危険だとして、多くの動物園でメスゾウだけが飼育されました。繁殖はまったく考えてこなかったのです。
右図のように戦後30年経ってもメスのみで飼育する動物園が29園もあり、ペア飼育している動物園は12園しかありませんでした。群れ飼育をしている動物園はなく、これでは繁殖など可能性もない状況でした。
それから20年経った1995年になっても、状況は変らず、単性飼育動物園は40園と増加し、ペア飼育動物園は2園増えただけの14園でした。1967年開園した旭山動物園では1970年からペアで飼育していて繁殖が期待されていましたが、交尾を見ることはありませんでした。ゾウも、オスとメスがいれば繁殖すると思い込んでいたのです。
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日本の動物園にゾウがやってきたのは、1888年(明治21年) 5月27日にシャム国皇帝より上野動物園へ贈られたオスメス2頭のゾウが初めてです。そして2007年になって、群れ飼育をする市原ゾウの国が日本で初めてアジアゾウの繁殖に成功したのです。飼育を始めてから繁殖させるまでに、119年の歳月を費やしてきました。これは、ゾウという動物をまったく知らずに飼い始めたからです。つまり飼育方法を間違えていたのです。ゾウは群れで暮らす、高度な社会性を持った動物なのです。
そのことを無視しては繁殖などするはずがありませんし、生かしておくだけでは、飼育技術とは言えません。
市原での繁殖成功以来、これまでに7園で12頭のアジアゾウが生育しています。ちなみに12頭目は、2023年8月に円山動物園で誕生したタオ(メス)です。導入時から繁殖を考えて、オス1頭メス3頭を選定し、飼育を開始しました。飼育法は旧来の直接飼育法ではなく、ゾウと人とが同じ空間に入らない準間接飼育法を採用し、この飼育法では日本で初めての繁殖となりました。これによって、今後は多くの動物園でゾウの繁殖が見られると思います。
※アフリカゾウは、1965年7月、いしかわ動物園へ入園したダンプ(メス)が初来日個体です。その後1967年7月に名古屋市東山動物園にはオスのサンブーとメスのB2が入園し、B2は1ヶ月後に死亡してしまいましたが、すぐにマルサ(メス)を輸入、さらに1975年11月にはケニー(メス)を入れて、オス1頭メス2頭の群れで飼育しており、繁殖を目指して飼育を開始したことは明白です。そして初来日から21年後に群馬サファリで繁殖に成功しています。
話はそれましたが、日本の動物園の現状を知っていただいた上で、世界の動物園の動きを知っていただきたいと思います。
4-2 研究・保全・教育する動物園
WAZAの方針が、世界の動物園に求めていることは、動物のケアと福祉、環境教育、地球規模の保全であることを前述しましたが、EU諸国では動物園指令を順守することが求められ、そこには「野生動物の保護および生物多様性の保全における動物園の役割を強化する」と明記されています。
またアメリカを中心に組織されているアメリカ動物園水族館協会では、特に厳しい認定基準を設けており、認定動物園に対し、動物福祉の最高水準を求め、その上で研究、保全、教育に関する活動実績を求めています。世界中の動物園がその認定を受けることができ、韓国でもエバーランド動物園とソウル動物園が認定されています。この基準は厳しく、米国農務省が認可する動物展示業者のうちの1 割にも満たないそうです。
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ソウル動物園アムールトラ(2019年松本総一氏撮影)
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ソウル動物園アジアゾウ(2022年松本総一氏撮影)
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エバーランド動物園シロサイ(2016年松本総一氏撮影)
このように、世界の主な動物園では、公式な使命の中にレクリエーションという言葉は姿を消しつつあるのです。そして世界の主な動物園では、動物福祉と生物多様性保全の文言が強調されるようになりました。その点では日本の動物園は、後れを取っていると言わざるを得ません。
4-3 動物福祉と保全のコストに理解を
ここで、動物園の入園料金を思い出してください。なぜ日本の動物園の入園料は、世界と比べて安いのか。果たすべき使命の質が違っているのです。世界の主な動物園へ入園する人は、入園料の中に、動物福祉に掛かる費用、調査・研究に掛かる費用、環境教育に掛かる費用、さらに言えば保全に掛かる費用も含まれていることを理解しているのではないでしょうか。もちろん入園料金だけでは足らないので、多くの企業や個人から寄付金が集まっています。自治体からの支援もあります。もっと言えば、上記の活動を実施し、成果を挙げていない動物園へは行かないと心に決めている人も多いのでは、と想像します。現に、ヨーロッパでは動物園改革が進行する中で、閉鎖を余儀なくされた動物園は少なくないと聞きました。こうして基準に適合しない動物園は淘汰されて行ったと考えています。
ここでも、日本の動物園の多くが公立であることの難しさがあるのです。自治体は、その地域の人々の幸せな暮らしを実現するためにあります。そこが設置した動物園もその地域の人々のために活動すべきだし、そのために税金を投入して運営していると多くの自治体では考えていると思います。そんな環境の中で、公立の動物園が世界の野生動物と自然環境を保全する具体的な活動をしようとしても、自治体首脳の理解を得ることはかなり難しいことだと思うのです。日本の動物園では、せいぜい動物園内での広報活動にとどまってしまうのが現実です。
また、日本の動物園利用者は、動物園に何を期待しているのでしょう。動物園での楽しさだけではありませんか。動物の福祉とか、環境教育、さらに地域の野生動物の保全活動に関心を持ってくれているでしょうか。
4-3-1 例)札幌市の動物条例
2022年6月、札幌市は動物園条例を制定しました。そこでは、動物園は良好な「動物の福祉」を確保し、「生物多様性の保全」に貢献すると宣言しています。また、動物の尊厳を守るため、いわゆる“ふれあい活動”について、野生動物に対しては行わないこととし、野生動物に対する餌やりや動物に人間を模したような格好や行動をさせる、いわゆる“擬人化”も禁止しています。
4-4 議論で変わる意識と行動
札幌市では条例制定を機に、設置者である市長や市民の代表である市議会議員が、動物園の社会的使命を議論してくれました。このことで、多くの市民が動物園を通して野生動物の保全に少しでも関心を持ち、一人ひとりの生活の中で、生物多様性保全のために何らかの行動変容を起こすことが期待されています。
そして、このような動きが多くの公立動物園へ広がっていくことも筆者は期待しています。動物園を設置する自治体に対し、改めて動物園の使命について一から考え直して、自らの考えで動物園改革を促すのは、動物園を利用する皆様方であることは間違いありません。
“動物園はそこに住む人々の自然に関する意識を反映している”と筆者は考えています。私たち「国立動物園をつくる会」では、皆様とともに、日本の動物園が、野生動物のためにも役に立つ動物園へ向かって舵を切るよう、働きかけていきたいと思っています。
寄稿者profile
小菅正夫(こすげ まさお、1948年-)
略歴
1948年 札幌市生まれ
1973年3月 北海道大学獣医学部獣医学科卒業
1973年4月 旭川市旭山動物園 獣医師
1986年4月 旭川市旭山動物園 飼育係長
1991年4月 旭川市旭山動物園 副園長
1995年4月 旭川市旭山動物園 園長
2009年4月 旭川市旭山動物園 名誉園長
2010年3月 旭川市 退職
2010年7月 中央環境審議会委員
2010年8月 北海道大学客員教授
2015年10月 札幌市環境局参与(円山動物園担当)
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公職
(社)日本動物園水族館協会会友
環境省希少野生動植物保存推進員
地球いきもの応援団
著書
・ゴリラは戦わない(中央公論新社)
・もしもあの動物と暮らしたら!?(新星出版社)
・動物が教えてくれた人生で大切なこと(河出書房)
・僕が旭山動物園で出会った動物たちの子育て(静山社)
・いのちのいれもの(サンマーク出版)
・あさひやま動物記① ②(角川つばさ文庫)
・15歳の寺子屋 ペンギンの教え(講談社)
・旭山動物園革命(角川書店)
・戦う動物園(中公新書)
・生きる意味って何だろう(角川書店)
・親が子どもに伝えたい『環境』の授業(角川書店)
・オオカミの森 旭山動物園物語(角川書店)
・動物園は雪のなか(農文協)