元動物園園長が考えた「動物園の役割と未来」第2話『日本人の美意識と動物園』

北九州の動物園『到津の森公園』の初代園長を務めた、岩野 俊郎さんによる全4回のコラム連載です。岩野さんはこのように言います、

このままでは日本の動物園に未来はない
なぜ動物園にゾウが必要なのでしょう

動物園の歴史と現状、その背景にある私たち日本人の心の文化。岩野さんのコラムで、これらをひも解きながら、動物園の未来について考えてみませんか(今回は全4回のうちの第2話)。

第2話 日本人の美意識と動物園

2-1 日本人の美意識 例えば『縮み』志向の日本人

日本人の文化性については「美意識」にも言及する必要があるかも知れません。

崔世廣は「『意』の文化と『情』の文化」という論文の中で西洋、中国、日本の文化性を比較し、真・善・美=知・意・情という言葉で表しています。つまり、西洋の文化は正しいもの(真)は何かを追求する知識(知)を重要視し、中国は一般的に孔孟思想に代表されるように良い(善)ことを行おうとする意思(意)を重要視する傾向があるとしています。

それに対し、美しさ(美)を心(情)で求めようとするのが日本の文化性であるとしています。中国や韓国に残る儒教はまさに正しい行いが人としての行いであると諭しています。

日本の場合、どのような事に対してもそれが美しいか否かという価値観を有し、もちろん行いに対しても美しいと思える行いなのかということは重要なことと考えています。やがて日本人は茶道や華道に見られるように、大きな展開ではなく小さく凝縮する中に如何に究極の美を求めるかに行きつきます。それは寺院の庭にも見られます。

日本人は目に見えるものだけを「美」と言っているのではありません。どちらかというと心で感じることができるものを「美しい」としています。

昨今では心のゆとりをなくし、「美しい」と感じるよりも、今どのような利益があるのかという刹那的な感情を重要視しているかのようです。これも徐々に変化する文化性なのかもしれませんが。

Photo by Toshiro Iwano

2-2 動物園に影響を与えなかった「美意識」

日本で動物園という言葉が使われるようになり100年以上になりますが、全体的な潮流としては大きな変化が見られません。およそ50年前から大型の動物園が建設されるようになりますが、「縮み志向の日本人」の枠を出ないものでした。

また動物園というグローバルな世界を扱うため、広がり(空間)という思想性が必要であるに関わらず、いかにコンパクトに動物の世界を提示するかに能力や技術力を使用したかのようにすら感じられます。

小さな動物園に「美」を感じることはできず、また凝縮したにも関わらず「美しい」動物園は未だ見ることはできません。京都大学を卒業し京都市動物園の園長を務めた佐々木時雄は今から50年以上も前に出版された「動物園の歴史」の中で「京都の町らしい動物園」を提案しています。京都の町のように美しい動物園。これならば李御寧も崔世廣も頷いたに違いありません。

その都市にあった動物園というのは、気候や地理的な立地ばかりではありません。経済力やもちろん未来を見越した計画なども必要です。正しい判断やそれを推し進める人材は更に重要となるでしょう。

そのような思考過程があったならば、日本の多くの都市に存在する動物園は画一的な、あるいは大都市の施設を真似る動物園とはならなかったと思われます。

Photo by Toshiro Iwano

2-3 実例がない美しい動物園

無機質なコンクリートと鉄の檻、その中に佇む動物。それらを見て美しいと思う人はいるでしょうか。しかし現実的にはこのような動物園が100年間も続いてきました。

小さくても美しい動物園とはいったいどのような動物園なのか。

David Hancocksはこのように言っています。

「我々のゾウへの興味に比べ、動物園の飼育下のゾウへは不適切な環境しか提供できていない。それは恥ずべきことである

「地方の動物園でゾウを見ることができないということは、…動物園のゾウの飼育水準と福祉にとって偉大な改革を意味する」

Elephants and Ethics 2008

動物園にゾウが必要だとは誰が言い始めたのか分かりませんが、動物園=ゾウという一般的な観念があるのは間違いなさそうです。「ゾウのいない動物園なんて動物園じゃない」。確かに以前は小さな動物園にもゾウがいましたし、市民公園の片隅にさえゾウはいなくても熊はいました。公園という施設にはこのような檻囲いの動物が必須だったようです。動物園という概念が導入された時に、何故小さくても美しいという概念も同時に導入されなかったのでしょうか。

以来、檻で囲まれ小さな部屋を与えられた哀れな動物と人との関係が出来上がり、それを日常と感じるようになってしまいました。

しかし、一面の雪も花の霞も時の育みによって出現したように、小さな私たちの変えようとする努力(それは時の育みに似ています)はそのような「見るものと見られるもの」といういわば主従あるいは上下の関係を断ち切ることができると考えています。

それにはどのような方法が必要なのでしょうか。

寄稿者profile

岩野 俊郎(いわの としろう、1948年 – )
獣医師・福岡県北九州市にある動物園「到津の森公園」の前園長。山口県下関市出身。

1972年、日本獣医畜産大学獣医学科卒業。翌年、西日本鉄道株式会社到津遊園に就職。1997年、園長に就任。2000年、同園の閉園に伴い西鉄を退社。2002年、園の経営を引き継いだ「到津の森公園」初代園長となる。2022年、同園園長を退任。現在、到津の森公園名誉園長、北九州市立大学非常勤講師。

著書「戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)」「動物園動物のウェルフェア Zoo Animal Welfare