元動物園園長が考えた「動物園の役割と未来」第1話『動物園を語る前に…日本人の自然観と歴史を考える』

北九州の動物園『到津の森公園』の初代園長を務めた、岩野 俊郎さんによる全4回のコラム連載です。岩野さんはこのように言います。

このままでは日本の動物園に未来はない
なぜ動物園にゾウが必要なのでしょう

動物園の歴史と現状、その背景にある私たち日本人の心の文化。岩野さんのコラムで、これらをひも解きながら、動物園の未来について考えてみませんか(今回は全4回のうちの第1話)。

第1話 動物園を語る前に…日本人の自然観と歴史を考える

1-1 穏やかに変化する日本の四季

今朝の寒さで目が覚めた。窓を開くと一面の雪だった。

あるいは、昨月まで枯れ木のような桜木が花を纏い、川の両岸は薄紅色の霞で彩られている、そんな思いを経験したことはありませんか。

取り巻く環境が突然変わったと思うことは自然界のみではありません。太平洋戦争の前後私たちの生活環境も社会環境も大きく変わりました。まさに突然の変化と言っていいかも知れません。

私たちはいつも受け身、受動態です。自分の環境を自ら創って来たという実感はありません。しかしたとえそうでもあっても、自ら進学を決め、職業を決めてきたのではありませんか。そのために私たちはどのような準備をしたのでしょうか。経験、勉強、アドバイス、様々な変化に対応しつつ今の自分がいます。

「突然変わった」と思いがちですが、実は自分の環境は自分で創り出しているとも言えます。

Photo by Toshiro Iwano

1-2 自然の変化は人の心にも影響を与える

雪は季節の変化に伴うものであり、たとえそれが突然のようであっても、自然はそのような準備をしてきました。桜は長い冬の期間じっと耐え、やがて温度や日照時間の変化に伴い花を開かせることができたのだと思います。

私たちは今、社会や自然界からその恩恵を受けて生活を営んでいます。いかにも受動的ですが私たちが望んでいることでもあるかも知れません。

文化の継承は同じことの繰り返しではありません。時代は文化さえ飲み込み、変化させることもあります。例を挙げれば、江戸時代から明治時代へ、先にも述べた太平洋戦争の前後。いや太古の世界からこのような劇的な変化は多く見受けられます。

しかし、私たちの多くは劇的な変化を好みません(好まなくてもそうなる場合もありますが)。できれば長い時間の変化を享受したいと考えています。

たとえ徐々に変化するものであっても、長い時間の中で私たちに大きな変化をもたらします。多くの変化は私たちの気が付かないところで起きています。そのため日常的な変化はあまり苦労もせず取り込むことができ、今スマートフォンを手にしているように何年か前とは全く違った生活を送っています。

1-3 変わるからこそ今がある

しかしどのような人も保守的ですから(変化に伴うリスクを嫌う)、前のままであることを好みます。特に日本の場合その文化性、精神性は辺境の地という地理学的立地に影響を受けているかも知れません。

古代から日本は極東の小さな島国であり、地下資源も乏しく大陸の大国からみれば取るに足らない国であったろうと思われます。また海という障壁もあり、海外との積極的な交流は盛んではありませんでした。

国立民族学博物館館長であった佐々木高明氏は大陸や朝鮮半島の人々が少数のグループで日本に逃避し、現住民と緩やかな融合をしつつ新しい文化を築いていったと言います。

日本のルーツは様々な論が語られてはいますが、大陸や半島から高い文化を持った人々が、争いを好まず(穏やかな融合・原住民の数に比しても多勢に無勢という構図)、将来に影響を与える独自の文化が築かれていったのだと想像されます。

Photo by Toshiro Iwano

1-4 変化は文化をつくる

物理的にも海に囲まれ鎖国的な日本は、最も影響を受けたであろう中国や韓国の文化とは異なる独自の文化が育まれています。韓国初代文化相の李御寧は「『縮み』志向の日本人」の中で小さくすることに日本人の文化性を感じると書いています。

この縮みの文化は、例えば寺院の庭園、華道、茶道のような精神性を重んじる場に多く見られますが、逆に言えば物事を大きく展開することが不得意だとも言えます。ともあれ、特に日本人は他国とはかなり異なる文化性を持つことになったと言えると思われます。

1-5 多様な知識は問題を解決する答えを導く

地球に存在する生物は多くの文化や生活史を持っています。このように地球の自然や人の歴史、あるいは動物たちの生活史を知ることは、やがて私たちに投げかけてくるだろう問題に答えることができます。様々な生き物は様々なネットワーク(生態系)の中に生きています。

すべてのことを知らなくても、少なくとも動物と人間、そして自然という私たちを取り巻く環境を知ることは、動物のためにもなり、ひいては私たち人間の、そして地球のためにもなると信じています。

次回も多様なお話から動物園の在り方や未来を語りたいと思います。


寄稿者profile

岩野 俊郎(いわの としろう、1948年 – )
獣医師・福岡県北九州市にある動物園「到津の森公園」の前園長。山口県下関市出身。

1972年、日本獣医畜産大学獣医学科卒業。翌年、西日本鉄道株式会社到津遊園に就職。1997年、園長に就任。2000年、同園の閉園に伴い西鉄を退社。2002年、園の経営を引き継いだ「到津の森公園」初代園長となる。2022年、同園園長を退任。現在、到津の森公園名誉園長、北九州市立大学非常勤講師。

著書「戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)」「動物園動物のウェルフェア Zoo Animal Welfare