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当時経営難にあった旭山動物園を数々のアイデアで成功に導いた元園長・小菅正夫さんによる全4回のコラム連載です。小菅さんは今回の連載を通じて、このように伝えています。
日本の動物園が、従来の娯楽施設としての動物園から脱却し
野生動物のためにも役に立つ動物園へ向かって舵を切るよう働きかけていきたい
日本と世界では動物園の成り立ちや目的が少し異なり、近年その差はどんどん広がっているそうです。人と動物の双方にとって「良い動物園」とは何なのか、小菅さんのコラムから考えてみませんか(今回は全4回のうちの第2話)。
目次
第2話 流行から始まった動物園
2-1 「動物園とは」誰が考えた?
みなさんは、動物園って何ですか?と聞かれて、すぐに答えることができますか?
多くの人が、「珍しい動物を飼っていて、それを見て楽しむところ」と答えるような気がします。みなさんがそう思うのは当たり前です。多くの動物園は“動物園とは何か” を考えずにどんどん建設されてしまったのですから。
そもそも、日本には「動物園」という言葉はありませんでした。
福沢諭吉が、慶応2年に著した「西洋事情初編」の中に初めて出てくる言葉なのです。つまり「動物園」は福沢諭吉の造語でした。本書の中で福沢諭吉はヨーロッパのThe Zoological Gardenを訪れ、以下のように記しています。
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「動物園、植物園なるものあり。豹、熊、羆、狐、狸、猿、兎、駝鳥、鷲、鷹、鶴、雁、燕、雀、大蛇、蟆、すべて世界中の珍獣禽珍獣みなこの園内にあらざるものなし。これを養うに各々その性に従いて食物を与え、寒温湿燥の備えをなす。海魚も玻璃器に入れ、ときどき新鮮の海水を与えて生きながら貯えり」
福沢諭吉「西洋事情初編」より
「世界中の珍しい動物が園内に集まり、生きた状態のまま飼育されている」。福沢が、視察中に訪れたパリのジャルダン・デ・プラントで観た時の興奮をそのまま感じとれる文章です。
ただ、我々は、彼が動物園と名付けたのは間違いだと考えています。というのは、The Zoological Gardenをそのまま訳せば、「動物学園」となるはずです。福沢は“動物園”があまりに楽しくて、興奮のあまり、うっかり“学”を落としてしまったと思うのです。
これによって、日本の動物園は、娯楽施設として発展してしまったのだと残念に思っています。そして、未だに日本では“動物園とは何か”が定義されていません。
ジャルダン・デ・プランテ:現存する動物園のうち世界で2番目に古い動物園です。フランス革命の際、ヴェルサイユ宮殿の動物園から救い出された動物たちを植物園で保護し、それらの動物を中心に、さらに多くの動物を収集し、1795年に設立されました。広さは今も5.5 haしかありません。
有名なロンドン動物園ができる24年も前のことです。なお、もっとも古い動物園は1752年に神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世が妻のマリア・テレジアのために作ったシェーンブルン動物園です(ウィーン)。
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ジャルダン・デ・プラントのユキヒョウ館 屋内と屋外(2019.05筆者撮影)
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レアの抱卵とヒナ 希少動物の繁殖には定評があります。(2019.05筆者撮影)
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当時から変らないガウル(左)とモウコノウマ(右)の動物舎(以上2019.05筆者撮影)
2-2 入園料が日本と世界では違う
戦後の動物園ブームで一気に数を増やした日本の動物園は、協会加盟の動物園だけで、前述したとおり、2000年に99園にも達したのです。それが徐々に減り始め、2023年には、89園となってしまいました。近年動物園が減っている原因は、動物園を維持するためにかかる経費です。前述したとおり、日本の動物園のほとんどは公立で、経費の大部分が税金で賄われているのです。
また公立ゆえに入園料金は公共料金とも考えられ、今でも1,000円を超える入園料を設定しているのは、旭山動物園だけです。天下の上野動物園でさえ600円なのです。しかもほとんどの公立動物園は義務教育以下の子どもと障碍者及び介護者を無料と設定しています。筆者が旭山動物園の園長だった時代、入園料を上げようと議会へ提案した際、マスコミは「旭山動物園!ついに上野動物園を超える」と騒いでいました。それまで全国の動物園では、入園料金に上野動物園の壁があり、決して超えてはならないものと思い込んでいたのです。
2-3 アメリカは1万円、欧州は5,000円
ちなみに海外の動物園を調べてみると、アメリカのサンディエゴ動物園は71USドルでした。1ドル150円で換算すると1万円以上になります。それでも年間入園者数は400万人を超える(2018年)そうです。動物園先進国である、ドイツ、フランス、オーストラリアの協会加盟動物園では3000~5000円が一般的な料金のようです。海外と比較して日本の入園料は比較にならないほど安いのです。この違いはどこから来るのでしょう。それは後述する動物園の果たすべき使命にあるのです。
2-4 日本は入場料を値上げできず
さて、自治体の財政が動物園を維持するのが難しくなる中、ついに経費節減のために、指定管理者制度を導入する公立動物園も出てきました。表向きは、“指定管理者制度によって民間企業が参入することで、サービスの向上が期待できる”とされていますが、自治体の直営より民間企業が運営した方がずっと経費が節減できていることは確かです。現実に、飼育職で働いている人の給与を比較すると一般的には直営よりも指定管理者の方が給与がずっと低く抑えられているように思えます。業
また、受託業者が入れ替わることにより、肝心の飼育技術が蓄積されなくなり、ややもすれば飼育技術者が清掃員として扱われることになりかねません。これでは100年先の動物園の質が維持できるかどうか心配になってきます。もちろん、中の職員は、懸命に働いており、素晴らしい実績を残している動物園もあります。でも飼育職員が正当に評価されているとは思えず、彼ら飼育職員の犠牲の上に動物園が成り立っているような気がして仕方ありません。
今、公立動物園の運営は、一般会計で行っている直営、特別会計を設けての直営、指定管理者制度、そして大阪天王寺動物園のように地方独立行政法人となっているものと、様々な形態をとっています。そのことが現場で働く人々に、どのような影響を与えていくのか、これからも注視していかなければなりません。それは動物園を利用する皆様方に関わっていく問題なのです。
資料として、令和4年度の公立動物園の指定管理者制度導入の割合を載せておきます。
協会加盟の動物園は89園で、そのうち公立の動物園が約79%の70園ですが、直営している自治体は、30園と全体の42.9%でしかありません。業務委託をしている動物園も5カ所ほどありますが、これを受けることができるのは公共的団体に限られます。現状で最も多い形態は、指定管理者制度となっていま。この制度は地方自治法の改正で2003年6月13日に公布され、民間業者でも指定を受けることができるようになりました。現状、34園がこの制度を利用して動物園を運営しているわけです。
運営を委託している動物園は、表をみてお分かりの通り、西高東低の傾向にあり、北海道・東北地方に少なく、九州・沖縄の約82%を筆頭に、中国・四国約62%、関東約65%と続いています。さらに、直営していた周南市の徳山動物園が指定管理者制度の導入を決定したと、2023年6月中国新聞で報じられていました。
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また平成15年7月16日に交付された地方独立行政法人法を受けて、令和3年、大阪市が動物園として初めて設立した地方独立行政法人天王寺動物園も、動物園にとってどのような利点があるのか、また欠陥が見られてくるのかは、10年後の検証が必要となってくると思われます。
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動物園に関する法律は未だに存在しません。次回はその事について触れたいと思います。
寄稿者profile
小菅正夫(こすげ まさお、1948年-)
略歴
1948年 札幌市生まれ
1973年3月 北海道大学獣医学部獣医学科卒業
1973年4月 旭川市旭山動物園 獣医師
1986年4月 旭川市旭山動物園 飼育係長
1991年4月 旭川市旭山動物園 副園長
1995年4月 旭川市旭山動物園 園長
2009年4月 旭川市旭山動物園 名誉園長
2010年3月 旭川市 退職
2010年7月 中央環境審議会委員
2010年8月 北海道大学客員教授
2015年10月 札幌市環境局参与(円山動物園担当)
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公職
(社)日本動物園水族館協会会友
環境省希少野生動植物保存推進員
地球いきもの応援団
著書
・ゴリラは戦わない(中央公論新社)
・もしもあの動物と暮らしたら!?(新星出版社)
・動物が教えてくれた人生で大切なこと(河出書房)
・僕が旭山動物園で出会った動物たちの子育て(静山社)
・いのちのいれもの(サンマーク出版)
・あさひやま動物記① ②(角川つばさ文庫)
・15歳の寺子屋 ペンギンの教え(講談社)
・旭山動物園革命(角川書店)
・戦う動物園(中公新書)
・生きる意味って何だろう(角川書店)
・親が子どもに伝えたい『環境』の授業(角川書店)
・オオカミの森 旭山動物園物語(角川書店)
・動物園は雪のなか(農文協)