元動物園園長が考えた「動物園の役割と未来」第4話「日本の動物園に未来はない」

北九州の動物園『到津の森公園』の初代園長を務めた、岩野 俊郎さんによる全4回のコラム連載です。岩野さんはこのように言います。

このままでは日本の動物園に未来はない
なぜ動物園にゾウが必要なのでしょう

動物園の歴史と現状、その背景にある私たち日本人の心の文化。岩野さんのコラムで、これらをひも解きながら、動物園の未来について考えてみませんか(今回は全4回のうちの第4話)。

第4話 「日本の動物園に未来はない」

4-1 自由の価値と福祉の役割

日本の動物園に未来はない。

まずこのようなセンセーショナルな言葉を投げかけました。これまでも述べたように日本は島国で諸外国とは海で隔てられています。それ故独自の文化が形成されたと言っても過言ではないでしょう。多くの良い文化を形成しましたがデメリットもありました。それは他の意見を聞かず独自の考え方を押し付けようとしたことです。太平洋戦争に至る過程もそうだったかも知れません。

それほど大きな問題ではないにしろ動物園も同じような問題を抱えています。それは第3話でもお話しした「福祉」です。今まで私たち動物園人も「動物福祉」に真剣に考えたとは言い難いと思っています。

特に最近20年で大きく進歩したのがこの「動物福祉」への取り組みです。近年「エンリッチメント」という言葉をよく耳にするようになりました。言葉を換えれば「動物の生活を豊かにする」ということになるでしょうか。

意地悪な言い方をすれば、それまで動物園の動物たちの生活は豊かでなかったということです。海外では動物園動物の福祉は自然下の生態をベースとすべきという考え方は主流です。生態ベースというのはその研究に基づかなくてはなりません。つまり動物園で動物を飼育するには科学的配慮が必要だということです。

Photo by Toshiro Iwano

4-2 科学的配慮が福祉をもたらす

そのような思考方法が日本の動物園に欠けていると思っています。確かに「エンリッチメント」はそうであるかも知れませんが、その装置一つではすぐに飽きてしまい、生活は豊かにならないのです。野生下の生活は食べて寝るというシンプルなものではありません。

動物の生息する環境は他の動物(捕食・被捕食)や植物、森林や沼地、湖など多く要因が取り巻いています。動物園での生活はそのような多様な要因を準備できず単一になりがちです。

動物園は何故単一な環境しか提供していないのでしょうか。それは先に述べた「見るものと見られるもの」という上下の関係で成り立っているからなのです。つまり科学ベースではなくアミューズメント・娯楽ベースなのです。

Photo by Toshiro Iwano

4-3 動物園は地球を救う使命がある

近い将来、地球は多くの自然環境を失う可能性があります。持続可能でカーボンニュートラルを目指す地球の環境を保全するには地球上の全ての生き物が平等に生活しているという科学の視野が必要です。動物園は過去このような科学的視点を欠いていたとも言えます。

また動物園で飼育される動物は地球上の生物として多様な環境の中で域外保全されるべき、かつそのような環境が回復された暁には再導入するという真に科学的役割を動物園が果たすという強い意志がなくてはなりません。

大きく変わるということは多くのリスクもあります。しかし今こそこのような大きな変化が望まれています。そのためには私たち動物園人のみならず日本人全体の意識改革がなければなりません。

私のお話も最終回を迎えました。

ここまで動物園とは異質な世界もお話ししてきました。未来の動物園へは日本人の文化や感性が必要なのです。あまりにも広い空間的なことをお話ししたため、焦点がぼけてしまったかも知れません。しかし、野生動物を飼育する将来の動物園への考察にはこのような時空的で広範な知識も必要になるのです。それは新しい視点を生みます。

動物園で飼育される野生動物は確かにそれだけで域外保全と言われるかも知れませんが、失われた元の生息地に再導入することが求められます。であるのならば、動物園には少なくとも生息地を模した環境が必要になります。そのために広い科学的視野が必要なのです。

4-4 変わらなくては!

もし、もし私たちがまだ動物園で動物を「見たい」という意識であるのなら、「日本の動物園には未来がない」と言わざるを得ません。またその結果が「見たい」と思っていた動物を地球上から失ってしまうことに繋がる可能性もあります。

受動的であり続けるならば豊かな未来を迎えることができない。少しずつ少しずつ豊かな未来を想像しつつ準備は始めなくてはなりません。

宇宙に浮かぶ青い惑星を私たちの子孫に繋いでいくためには、地球上に存在するすべての生き物や植物に思いをはせ、できるだけ多くの知識を身につけなくてはなりません。

真っ白な雪景色はその時が演出したように、あるいはまた桜の花が咲く時に日照時間や気温が誘因となったように、私たちを含め地球上の動物たちの豊かな時を迎えるために、私たちの知恵や知識は変化のための重要なファクターなのです。

私の回はこれで終わりますが、私の親友であり先生でもある小菅が次の回を受け持ちます。きっと私よりも格調高い文章をみなさまに見ていただくことになると信じています。

ありがとうございました。

寄稿者profile

岩野 俊郎(いわの としろう、1948年 – )
獣医師・福岡県北九州市にある動物園「到津の森公園」の前園長。山口県下関市出身。

1972年、日本獣医畜産大学獣医学科卒業。翌年、西日本鉄道株式会社到津遊園に就職。1997年、園長に就任。2000年、同園の閉園に伴い西鉄を退社。2002年、園の経営を引き継いだ「到津の森公園」初代園長となる。2022年、同園園長を退任。現在、到津の森公園名誉園長、北九州市立大学非常勤講師。

著書「戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語 (中公新書)」「動物園動物のウェルフェア Zoo Animal Welfare