特集記事 World ZOOミュージアム 「言葉から動物園を見る4 動物福祉とエンリッチメント」

動物園を設計しているTONZAKOデザインが、世界の動物園について、設計者の視点から、紹介していきます。その前に、動物園に関わる言葉について、整理しておこうと思います。

Contents (記事内容) 

  1. 動物園と動物福祉
    1. 動物福祉(animal welfare)とは
    2. ネガティブな動物福祉(animal welfare)
    3. ポジティブな動物福祉(animal welfare)
  2. エンリッチメント
    1. 給餌エンリッチメント
    2. 触覚エンリッチメント
    3. 聴覚、臭覚、視覚エンリッチメント
    4. 社会的エンリッチメント
    5. 空間構造的エンリッチメント
    6. 認知エンリッチメント
    7. 人と動物の相互作用・交流によるエンリッチメント

1.動物園と動物福祉

1-1.動物福祉(animal welfare)とは

デビット・ハンコックは、「動物園は、人の関心を引き、意識が高く、精力的で、熱狂的でウェルフェアや共感を呼び起こすことができる不思議な力を持っている。動物園はすべての動物に注がれる優しさを励ますことができ、野生の場の生きる幸せを勇気づけることができる。。。  野生動物の保護、より健康的な惑星に向けての事業、多くの感性豊かな人々に対する励まし、これは新しい動物園の最終目標である。」と言っています。

この文章の中で語られるウェルフェアとは何なのでしょうか?

動物福祉(animal welfare)とは、飼育されている動物(動物園動物、実験動物、家畜、愛玩動物など)を対象として、「その飼育動物が心身ともに豊かに、幸せに生活するコト」です。

動物福祉の概念は、元々、家畜動物の飼育から生じました。この段階では、ネガティブな動物福祉として、ストレスや苦痛の低減などを提唱していました。

その後、動物園動物の動物福祉では、野生界で生活する動物の、過酷で厳しく、自由な、よりよい生活の視点を加え、ポジティブな動物福祉へと移行しつつあります。

1-2.ネガティブな動物福祉(animal welfare)

動物福祉の最初のアプローチは、動物飼育時のネガティブな部分を排除し、減少させることに焦点が当てられました。1979年英国農場動物福祉協議会で、より明確に、「五つの自由」が発表されました

1) 渇き、空腹、栄養失調からの自由

2) 適切で心地よく、逃げることができる環境がある自由

3) けがや病気の予防あるいは迅速な診断と治療が受けられる自由

4) もっとも正常な行動を発現できる自由

5) 恐怖からの自由

現代の動物園でも、「五つの自由」を守ることができないことから引き起こされるストレスとネガティブな行動を最大限少なくする試みを未だ探っています。常同行動(目的や意味のない行動を何度も何度も繰り返して行う)で見られるようなストレスや、心理学的指標の体の数値に現れるネガティブな行動のストレスなど、科学的に除去していく試みが行われつつあります。

1-3.ポジティブな動物福祉(animal welfare)

野生界の動物は、生命の維持、子孫を残すために、様々な過酷で厳しい状況であっても、周囲に注意を払いながら、聴覚、視覚、臭覚を働かせ情報を収集し、餌を探し、餌を食べ、時には捕食される危険から身を守っています。

より魅力的な子孫繁栄の相手を探し、競い合い、子孫を残していきます。

こうした行動は、それぞれの動物で異なり、その動物固有の特徴的な生態として現れます。近年は、人間と同様に腸内細菌なども重要であるという研究も行われています。

これら野生化での厳しくも一生懸命に生きる動物の行動を踏まえ、飼育下で実現できる豊かで幸福な生活の視点が、ポジティブな動物福祉です。

バーネットとヘムスワースは2009年に動物福祉を確実にしていくための視点として「五つの自由」の視点も含み、以下のように示しています。

1) ストレスの軽減

2) ネガティブな行動の軽減

3) ポジティブな行動の増加

4) 適応への配慮

5) 通常のあるいは自然な行動の機会の保証

6) 自然な環境の用意

ネガティブな要因の排除や削減、ポジティブな増加を、こうした視点で取り組むことで、複雑な動物の問題に対して効果的に取り組むことができます。

2.環境エンリッチメント

エンリッチメントとは、動物福祉を実現するための手法です。エンリッチメント、または、環境エンリッチメントといわれます。環境エンリッチメントは、「環境をエンリッチ、つまり、豊かにすること」と訳されます。

環境エンリッチメントには、飼育管理面などソフト系の展開と、展示整備などハード系の取り組みがあります。

また、動物にも個体ごとに個性があり、この個体では効果があっても、この個体では効果がないことがあります。そのため、PDCAサイクルが重要である。計画し、実行し、その効果を検証することで、より良い環境エンリッチメントを展開することが可能となります。

2-1.給餌エンリッチメント

野生動物は、餌をとるために狩猟をしたり探し回ったりすることに多くの時間を費やしています。動物園では、基本、夜間獣舎寝室に収容時に餌を与えることが多い状況です。

餌は動物の行動に大きな影響を与えるため、野生下での、「探し回る、食べる」という行動を取り戻すシステムとすることで、常同的な行動が減少します。

一般的に肉食動物は、獲物を探す、狩猟することに時間を費やし、草食獣は食べることに時間を費やします。

動物の特性に応じて、不定期に餌を与える、様々な場所に餌をおく、餌を隠しておく、餌をとるための工夫がいるなど、採餌に時間を費やす飼育システムとすることで、動物本来の時間を過ごすことが可能となります。

2-2.触覚エンリッチメント

野生動物は、枝を集めて寝床をつくったり、泥浴びや砂浴びをしたり、水の中に入ったりなど、多様な素材に触れる機会があります。

触覚エンリッチメントは、動物の特徴に合わせて、身体的刺激となる素材を提供するものです。

チンパンジーに樹上のベッドをつくるためのワラや枝を与えたり、イノシシに沼田場を設けたり、トラやゴリラに水のプールを設けるなど、動物の野生下での行動を再現できるような触覚の環境を提供します。

2-3.聴覚、臭覚、視覚エンリッチメント

野生動物は、自分の縄張りの中に他の動物が入ってくる、食う食われるの関係の中で捕食者がやってくるなどの情報を、鳴き声や草を踏み分ける音、尿や糞などの痕跡を残す臭覚、他の動物の匂いとしての臭覚、その姿や行動を見る視覚などにより、注意深く観察しています。

聴覚、臭覚、視覚エンリッチメントは、動物の視覚、聴覚、嗅覚その他の感覚に刺激を与えるエンリッチメントのことです。

例えば、トラやライオンなど縄張りを持つ動物の中に、他の同種の尿や糞がある、咆哮が聞こえるなどの仕掛けを行うと、縄張りを守る意識から、行動が活発化します。また餌となる動物の匂いがあると、隠れているのではないかと探し回ります。

ただし種によっては、同種や捕食者の存在を示す刺激(声やにおいなど)がかえってストレスや不安を増してしまうこともあるので、その導入には慎重に検討する必要があります。

2-4.社会的エンリッチメント

野生動物は、生息地の中で、同種、異種の動物と敵対する出会い、雄と雌の出会いなど様々な出会いがあります。群れの動物では、群れの中で、ボスなど優位性の争い、友好な関係、婚姻関係、親子関係、兄弟関係など、多様な関係性が生まれます。

社会的エンリッチメントは、同種、異種を含め、他の動物との関係性に着目し、精神的な安定や興奮などにより、刺激を心身ともに与えるエンリッチメントです。

群れ飼育は、社会的エンリッチメントにおいてもっとも重要なものの1つで、野生の群れ構成に近づけ、安定させることが望ましいと考えられます。また、混合飼育なども有効であると言われています。

動物園の中で何種類かの群れを飼育し、パドックを代わる代わる利用すること、鏡や映像により他の個体がいるかのような雰囲気を提供することなども有効です。

2-5.空間構造的エンリッチメント

野生動物は、生息地の中で多様な空間体験を行います。樹林性の動物では複雑な樹林の中を3次元的に移動し、水場を探し、時には雨が降ることもあります。その林床では、傾斜地を登ったり、岩に登ったり、隠れたり、植物を踏み分けたりなどします。草原性の動物でも、草原を駆け回ったり、穴を掘ったり、疎林の中に隠れたり、木に登って休んだりします。

生息地にあるような空間体験を動物園動物に提供することが空間構造的エンリッチメントです。この空間体験は、自然の樹木や岩、土壌、水などを利用することもあれば、鉄骨やロープ、金網など人工物で提供することもあります。

空間エンリッチメントの中で樹木や草は貴重な素材です。樹木に登れる、日陰を提供する、体をこすれるなどの他、花や果物、食べることができる葉っぱなども提供してくれます。

サル類の展示でさえ、大きな樹が残っているシアトルやサンフランシスコ動物園などの事例もあります。

また、自然の基盤となる地形も重要な要素となります。上る、下るなど行動を多様化すると共に、水辺があるとさらにその行動は豊かになります。

人工物によるエンリッチメントでは、ロープ、休憩台、池、ジャングルジムの整備や、ロープやハンモックの取り付けにより、立体的に利用できる空間の提供、しなる棒による樹冠渡り環境の提供など、動物の特性に応じた空間、構造を提供します

2-6.認知エンリッチメント

野生動物は、記憶、理解、注意、判断、問題解決、行動など、種特有の能力を活かし、考えながら生活することで刺激を受けています。例えば動物は種特有の行動を伴う餌の探索のように問題解決能力を発揮することができます(採取、狩猟)。

認知エンリッチメントは、動物の知能や考える力を刺激するエンリッチメントです。どのような動物にも適用できます。知能が高い動物ほど、より効果的なエンリッチメントとなります。

例えばクマは自由に手に入れることができる餌がある環境の中では努力して餌を選ぶという自助努力的な性質があります。こうした特性を活かしたエンリッチメントも考えられます。

野生化において、チンパンジーは、栄養学的判断を超えて食物を選んでいます。ウガンダのチンパンジーは抗がん、抗マラリア、抗バクテリア、下痢止め、虫下しなどの薬効特性のある植物を食べているのです。群れの中で経験のあるメンバーからこうした情報を学んでいるという研究成果が出ています。

認知エンリッチメントは、簡単なものからコンピューターを使用する複雑なものまで多様な展開ができます。

2-7.人と動物の相互作用、交流によるエンリッチメント

人と動物の交流は、飼育員と動物の交流が一番よく知られています。このエンリッチメントは、人との交流により生まれる刺激や安心によるエンリッチメントです。

動物園の動物は、健康状態を確認するために、ターゲットトレーニングという、飼育員の合図で体を動かすトレーニングをしています。このトレーニングは、飼育員が動物と同じ空間で行う場合と、バリア越しに行う場合があります。前者の飼育の仕方を直接飼育、後者を間接飼育と呼びます。

飼育員や動物園で働く人と動物の絆は、動物に対する良いウェルフェアであるとともに、飼育員関係者にとっても満足度が高くなるという調査結果も出ています。良いウェルフェアと仕事の満足感のある組織は、人間と動物の絆に対して有益性があると考えられます。


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