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【前編】一期一会の感動が 今まで以上に大切だと思えるようになった。倉方志磨インタビュー

交流・景観・建築デザインの力で“感動”を演出するために、企画から事業計画・運営までトータルにプロデュースしている株式会社TONZAKOデザインが贈る、仕掛け人インタビューのコーナーです。まずは、TONZAKOデザインのメンバーのインタビューからスタートします。仕掛け人たちと共に、感動体験をつくるメンバーたちの個性を感じとっていただけたら幸いです。

クリエイターインタビューNo.4(前編)

「ランドスケープデザイン」の松崎氏と倉方氏、「建築設計」の山田氏、「事業デザインから施設運営」の小森氏。その4人が5人の仲間と立ち上げたTONZAKOデザイン。まだ設立1年だが、いろいろな相談が持ち込まれています。そこには言葉にできない不思議な魅力があります。その魅力を探るべく、立ち上げメンバー4人の経歴や考え方、何を考え、どこに向かおうとしているのか?また、プライベートをお届けします。

ネイチャークリエイター 倉方志磨 Shima Kurakata[前編]

取材日:2020年6月8日

前編~目次~
まるでアナグマと一緒に苺を育てているような気に…
小学生の時に、蛇にかまれた子がいて、私の遊び場がフェンスで囲まれてしまったんです(笑)
「開発」という行為なんだけど、保全・保護を知った人なら両立するデザインができる。
自分の役割は「自由な間」を作ること。脇役、裏方だと思っています。

まるでアナグマと一緒に苺を育てているような気に…

2008年に長野県伊那市に移住し、2014年ごろからは伊那でもさらに田舎の旧高遠町エリアに住んでいます。結婚をきっかけに夫の地元へ移住しました。TONZAKOデザインのホームページで展開している私のコラムは、そんな伊那での暮らしの出来事が中心です。


最近は庭のイチゴの実が赤く色づいてきました。そろそろ食べ頃かな、明日には採って食べよう、と楽しみに翌朝を迎えると、食べ頃のイチゴが消えている日々。結局私はまだ一度も食べられていません。これはきっとアナグマの仕業。私は遭遇したことがありませんが、庭に穴があいていてアナグマが来た形跡は感じます。アナグマも色づいていないイチゴは「まだ食べ頃じゃないな」とスルーしているのでしょうか。アナグマも美味しく食べたいのかな。こうなるとアナグマと一緒にイチゴを育てているような気になります(笑)。

小学生の時に、蛇にかまれた子がいて、
私の遊び場がフェンスで囲まれてしまったんです(笑)

私の地元は神奈川県横浜市。横浜といっても市街地側ではなく、それこそ里山が比較的多く残っている地域でした。小学校の頃は、ちょうどニュータウンが建ち始めた時期。山があって田んぼがあるような所が、次々と開発されていきました。

小学校に上がる前後までは、楽しい空き地が近所中にありました。誰の土地か分からないけど、子ども達が自由に入り込んで遊べるような場所。春は空き地でつくし採りができるから、友達と一緒に箱いっぱいにつくしを採りました。ある日は、ほら穴を掘って探検ごっこ。ある日はスイカの皮を山に仕込んでカブトムシ捕り。田んぼでドジョウやザリガニを釣っては、庭の池に放流して飼っていたことも。そんな暮らしが続いたのは、小学校に上がってしばらくしたころまで。ある日、町の小学生がヘビに噛まれて問題になり、近所中の空き地がフェンスで囲まれてしまいました。遊び場が閉ざされて子ども心にショックだったなぁ。それが今の仕事に繋がる原体験です。

今の子ども達は勝手に生物を捕ったり、穴を掘ったりして遊ぶ場所がほとんどありませんよね。そんな体験が、なかなかできなくなってしまいました。私が昔楽しかった遊びを今の子ども達にも味わって欲しいな。そんな私なりの意思が、今の仕事に繋がっていると思います。

都市部の環境問題や環境改善について学び、卒業後は仕事にしたい。そう考えていた高校時代に、担任の先生が“造園コンサルタント”っていう言葉を教えてくれました。そして入学したのが園芸学部の緑地・環境学科です。

高校時代の生物のノートが、今でも手元にたくさん残っています。

「開発」という行為なんだけど、
保全・保護を知った人なら両立するデザインができる。

大学入学後は、自然公園の管理をお手伝いするサークルに入りました。私が派遣されたのは日光国立公園尾瀬特別保護地区(現・尾瀬国立公園の一部)。そこでは環境省のレンジャー(自然保護官)が、公園の自然環境を保護するための様々な活動(自然調査や巡視、施設の整備・管理、環境教育など)をしています。私達学生は、サブレンジャー。レンジャーさんを補佐する役です。来訪者が多い夏休みなどに、広大な国立公園内を歩き回って案内や自然解説、ごみ拾い、トイレ清掃などをしていました。

そうしているうちに興味の方向が“都市”から“自然”へと移っていきました。自然を大切にしたい一方で、開発に断固反対という訳ではない。保全や保護の必要性を理解しながら開発する道もあるんじゃないか。そんな“両立するデザイン”ができる仕事に就きたいと思うようになりました。

憧れていたのは環境省のレンジャーでした。が、残念ながら環境省には入れず。環境系のコンサルタント会社に入社しました。その会社にいたのが松崎さんです。気づけば、もう二十数年の付き合いになるみたいです。

プレック研究所は、当時の社長夫婦が環境省の元レンジャー。施設などを開発する前には、動植物や水環境など、あらゆる自然環境を調査し開発による影響を評価する環境アセスメントがあります。その調査に強い会社で、設計では自然公園を多く扱ってるというイメージがあり入社しました。担当になった部署は設計です。自然公園~都市公園まで、様々な公園施設などを設計し、松崎さんには色々教えてもらいました。

自分の役割は「自由な間」を作ること。
脇役、裏方だと思っています。

設計の仕事に就いたものの、設計図を描くのは今でも苦手。もちろん仕事だからやるのですが、何年やっても馴染まない。自分の線が残ってしまうのが好きじゃないんです。自分の痕跡を残したくない。自分は完璧じゃないと思っているから。

クリエイターとは、完全無欠なものをつくらない人。“余白”を作ることができて、関わる人々(作る人、利用する人)に化学反応を起こさせる人。それがクリエイターだと思います。地域に公園を作る際、地元の人と一緒にプランを考えるワークショップをすることがあります。こちらが叩き台を提示するのですが、隙の無い完璧なものだと、誰も何も言えなくなっちゃう。参加者同士で化学反応が起こると、誰もが思いもよらないような展開になり、そっちの方が絶対に面白い。だからクリエイターは化学反応を起こさせる人であるべきと思っています。現実は予算や締切が既に決まっていて、どうしても押しつけになりがちなんですけど。

会社もそんな私の考えを理解してくれ、隙のないデザインを求められなくなりました(笑)。楽しかった仕事は屋久島の登山道。屋久島は世界遺産に指定され脚光を浴びた結果、登山者が増え、雨の多い気候と風化しやすい花崗岩の山という自然条件が相まって、登山道が荒れてしまう問題が発生。荒れた登山道をどうやって修復する?!屋久島にあった道づくりと利用のあり方を考える仕事がありました。大雨が降り注ぐ中、登山道の排水について考えたり、人が歩きたくなる、または避けたくなる歩道について考えたりしました。

化学反応がとても楽しかった、思い出深い仕事があります。それは川崎市の緑地公園の仕事。健康を増進する緑地を市内の区ごとに作ろうという事業でした。住民の皆さんに呼びかけると、皆で現地調査したり、実際に樹林の手入れをしたり、とても積極的。公園完成後も進んで管理して、その結果、希少な植物が復活する出来事がありました。皆で描いた計画・目標に向かって、皆で汗水流して頑張ったら、本当に望んでいた環境・空間が出来たんです。私も一人の参加者として感動しました。事業が担当者の手を離れ、完全にひとり立ちできた一例です。そこに私の痕跡は何も残っていません。

取材:川北睦子

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