絵本作家 あべ弘士さんコラム「動物園から学ぶ。自然から感じる。」第2話『名前をつける』

第2話 名前をつける

ゴリラのゴン太とマリ 
出典:『旭山動物園日誌』あべ弘士(1981年 出版工房ミル)

「シートン動物記」を絵本化することになり、改めて「シートン」を全部読みました。子どもの頃に読んだ記憶があるが、まったく忘れていました。おもしろい。こんなにもおもしろかったのか。

ひとつ気がついたことがありました。
“ 名前 ” です。

シートンは動物たちに名前をつけています。
「オオカミ王 ロボ」「リスのバナーティル」「ギンギツネのドミノ」・・・

名前がなければ種としてのオオカミ、リス、キツネだが、名前がつくと人格が生まれ、親近感・友情が生まれてきます。シートンは、動物学・自然観察者ですが、とても科学的でだれにでもわかりやすく、やさしい言葉で書いています。しかし、シートンは名前をつけたことで欧米の動物学者からは軽くみられ、評価されていません。

日本人は昔から動物に名前をつけてきました。家畜の馬・牛はもちろん、よく出会う野生動物にもつけています。そのことで動物を隣人、友人、親類のように接してきました。この “ 名前をつける ” という日本的発想で世界に確固たる学問を構築したのが、京都大学・今西錦司博士が起こした日本の “ サル学 ” です。私も現役飼育係時代にずいぶん勉強をさせてもらいました。

日本のどの動物園の動物たちにも名前・愛称がつけられています。飼育係はもちろん、市民も愛称で声をかけます。他人ではないのです。

ある年、若い女子が飼育係になってやってきました。バックヤードで飼育している肉食獣のエサ用飼ウサギ50頭を担当しはじめました。私たちはエサなので名前はつけていません。ところが彼女は、飼ウサギ全員に名前をつけはじめました。

ライオン担当のTさんが言った。

「チアキちゃん、ライオン・トラのウサギ4頭用意しておいてね」
「えっ、どういうことですか?」
「明日、生きたウサギのエサの日なんだ」
「キャー!だめです!いやです!」

彼女は、名前をつけたウサギに感情移入し、友情以上のものを持ってしまったのです。

ひと月後、彼女は言いました。
「Tさん、明日の生き餌のウサギ6頭ですね」

動物に名前をつけることって大事でおもしろい。

寄稿者profile

あべ弘士(あべひろし、1948年-)

略歴
1948年  北海道旭川市生まれ。旭川市在住。
1972年から25年間、旭山動物園の飼育係として様々な動物を担当する。飼育係たちの間で話し合った“行動展示”の夢を絵として残し、旭山動物園復活の鍵となった。1996年動物園を退職し、現在は絵本制作を中心に、全国でワークショップなども行なっている。2011年には、こどもも大人も楽しめるアートスペース「ギャラリープルプル」の運営をはじめた。
著書に『あらしのよるに 』(講談社出版文化賞絵本賞受賞)、『ゴリラにっき』(小学館児童出版文化賞受賞)、『宮澤賢治「旭川。」より』(経産児童出版文化賞美術賞受賞)、『クマと少年』(日本児童ペン賞絵本賞・北海道ゆかりの絵本大賞受賞)など250冊を超える。

著書
「あらしのよるに」講談社
「どうぶつえんガイド」福音館書店
「クマと少年」ブロンズ新社
「新世界へ」偕成社
「エゾオオカミ物語」講談社
その他多数